
- 「38人の目撃者」に証拠はない。裁判で確認できた目撃者は3人で、刺す瞬間を見たと証言した者は一人もいなかった
- 怒鳴って犯人を追い払った隣人も、通報した住民も、駆けつけて抱きかかえた友人も実在した。物語からは消されていた
- 実際の路上トラブル219件の防犯カメラ分析では90.9%で誰かが介入し、人が多いほど助かる見込みは上がっていた
心理学の講義には、必ず語られる夜がある。1964年3月13日の未明、ニューヨーク市クイーンズ区の住宅街キューガーデンズ。バーの仕事を終えて帰宅した28歳のキティ・ジェノヴィーズが、自宅アパートの目前で男に襲われ、刺殺された。38人の隣人が窓からそれを眺めていた。30分あまりの犯行のあいだ、誰も助けに出ず、警察に電話ひとつかけなかった。
この話は「傍観者効果」という現象の出発点として教科書に載っている。人が大勢いる場面ほど、一人ひとりは動かなくなるという心理効果で、名前を知らなくても「誰かがやるだろうと全員が思って誰もやらない」状況なら身に覚えがあるはずだ。効果を示した実験は美しく、応用は広く、起源の物語は強烈だった。私自身、長いことこの夜の話を事実として人に話してきた。
2007年、その物語を裁判記録から洗い直した論文が、米国心理学会の学術誌American Psychologistに載った。物語の柱は3本とも折れた。38人という数字に根拠はなかった。目撃者の大半は、殺害を目視できる位置にそもそもいなかった。そして、叫んで犯人を追い払った隣人も、警察へ電話した住民も、瀕死のキティを抱きかかえた友人も、実在した。
なら傍観者効果そのものが嘘だったのかというと、話はもう一段ねじれている。実験室の効果は本物である。それどころか2019年には、実際の路上トラブル219件の防犯カメラ映像を分析した研究が、周囲に人が多いほど「誰かが助けてくれる」確率はむしろ上がることを示した。新聞の誇張から生まれた神話が本物の科学を半世紀導き、その科学が最後に神話のちょうど逆を掘り当てる。そういう順序で、事は進んだ。
「38人」は昼食の席で生まれた
事件の当日、地元紙ロングアイランド・プレスはこの殺人を「女性(28)、刺殺される」という短い記事で報じた。扱いは5面である。ニューヨークで年に何百件と起きる殺人のひとつ、という位置づけだった。冷たい隣人たちの話は、まだどこにもない。犯人のウィンストン・モーズリーは数日後、別件の窃盗で逮捕され、犯行を自白している。
物語が生まれたのは2週間後だ。3月27日、ニューヨーク・タイムズの1面に、マーティン・ギャンズバーグ記者の署名記事が載る。見出しは「殺人を目撃した37人、警察に通報せず」。書き出しはこうだった。
30分あまりにわたり、クイーンズに住む善良で法を守る市民38人が、殺人者がキューガーデンズで女を付け回し、3度にわたって刺すのを眺めていた。
見出しは37人、本文は38人。数字は初日から揺れていた。それもそのはずで、この数字の出どころは捜査資料ではない。市警本部長マイケル・マーフィーが、タイムズの都市部編集長A・M・ローゼンタールとの昼食の席で口にした数字だとされている。ローゼンタールは同じ年、この事件を『38人の目撃者』という本にまとめ、物語は都市の病理の象徴として離陸した。冷たい大都会。隣人の悲鳴より自分の眠りを優先する市民。説教の題材として、これほど使いやすい話もない。
一方、実際に法廷でこの事件を戦った側の感触は違った。担当した地区検事補チャールズ・スコラーは後年、「何が起きているかを見ていて、証人として使える人間は、半ダースほどしか見つからなかった」と述べている。スコラーは「悲鳴を聞いた人はもっとずっと多かったはずだ」とも言っており、住民をかばう動機はない。それでも、38人の目撃者のリストは、警察資料にも裁判記録にも存在しなかった。今日まで、誰も作れていない。
実験室は、物語の忠実な子どもだった
この記事に最も生産的な反応をしたのは、説教者ではなく二人の社会心理学者だった。ジョン・ダーリーとビブ・ラタネは、「38人はなぜ動かなかったのか」という問いを、性格や道徳の問題ではなく状況の問題として実験に翻訳した。1968年の実験は、いま読んでも設計が鮮やかである。
ニューヨーク大学の学生72人が、個室からインターホン越しに学生生活について討論する。討論の途中、参加者の一人(実際は録音)がてんかんの発作を起こし、助けを求めながら言葉にならなくなる。仕掛けは一つだけ。この討論を聞いているのが自分だけだと信じているか、ほかにも聞き手がいると信じているか、である。討論しているのが発作の相手と自分の2人きりだと信じた参加者は、85%が発作の終わりまでに部屋を出て実験者に知らせた。自分と相手のほかに4人が聞いている、つまり6人グループだと信じた参加者では、31%まで落ちた。動き出すまでの平均時間も52秒から166秒へ延びた。
ダーリーとラタネはこの落差を「責任の分散」と名づけた。緊急事態の責任は、そこに居合わせた人数で頭割りされる。自分しかいなければ100%、6人いれば6分の1。誰かが冷たいわけではなく、割り算が起きるだけである。同じ年の別の実験では、待合室に煙が流れ込んでくる状況を作った。一人で座っていた参加者は75%が煙を報告したが、平然と座り続けるサクラ2人と同席させると、報告は10%まで落ちた。他人の無反応が「大したことではない」という判定の材料に使われる。多元的無知と呼ばれる、責任の分散とは別の第二の歯車である。
では、動かなかった参加者たちは無関心だったのか。実験の記録によれば、まるで逆である。彼らの多くは手を震わせ、汗ばみ、明らかな葛藤の中にいた。ダーリーとラタネ自身、住民を「無関心(アパシー)」と切り捨てる説明を最初から拒んでいる。二人が1970年の著書に書いたのは、あの傍観者たちの行動は冷淡でも英雄的でもなく「他の多くの緊急事態での群衆の振る舞いと同じだった」ということだった。物語は住民の心の冷たさを告発したが、実験が見つけたのは、温かい心のまま人を動けなくする構造のほうである。
この効果はその後、社会心理学で最も再現された現象のひとつになった。2011年には、それまでの実験を統合するメタ分析(複数の研究の結果を統計的に束ねる手法)が、105の独立した効果量、参加者延べ7,700人超のデータで効果の実在を確認している。実験室の傍観者効果を疑う理由は、今のところない。
疑われていなかったという点では、実験の土台になった「あの夜」の物語も同じだった。ただし、そちらを支えていたのは科学ではない。1面記事が一つあるだけだった。
40年後、地元の弁護士が地図を持ち出した
最初に石を投げたのは心理学者ではない。キューガーデンズに住む弁護士で郷土史家のジョセフ・デメイである。2000年代の初め、地元の歴史を紹介するウェブサイトを作るために事件の資料を集めていたデメイは、報道と現場の地形が噛み合わないことに気づいた。裁判記録、当時の写真、建物の配置。集めるほどにずれは広がり、事件40年の2004年には、ニューヨーク・タイムズ自身が通説への疑義を紹介する検証記事を載せるところまで話が進む。
2007年、心理学者のレイチェル・マニング、マーク・レヴァイン、アラン・コリンズが、この検証を学術の土俵に載せた。冒頭で触れた論文である。三人はモーズリーの裁判記録や関連資料を突き合わせ、教科書の物語を支える3本の柱、すなわち「38人いた」「30分間見ていた」「誰も動かなかった」を一本ずつ検証した。
第一の柱、38人。前述のとおりリストは存在しない。裁判に証人として呼ばれた現場向かいの住民は5人、そのうち犯人と被害者の姿を実際に見ていた目撃者は3人だった。しかもその3人が見たものは、教科書が想像させる光景とはまるで違う。住民の一人アイリーン・フロストは、悲鳴で窓の外を見たときの様子を法廷でこう証言している。「二人は寄り添って立っていました。喧嘩をしているようには見えませんでした」。彼女はそのままベッドに戻った。深夜3時、街灯の下の数秒の断片である。現場の通りにはバーがあり、酔客のいざこざは日常だった。その夜に限って、バーは喧嘩騒ぎでいつもより早く店を閉めていたという証言まである。刺す瞬間を見たと証言した者は、一人もいない。
第二の柱、30分間の観覧。これは物理的に不可能だった。襲撃は記事が書いた3回ではなく2回である(この点はタイムズ自身が1984年までに訂正している)。1回目は路上で起きた。悲鳴と、窓から怒鳴った住民の声で、モーズリーは一度その場を離れている。キティは自力で立ち上がり、ゆっくりと建物の角を曲がって、自宅の入口側へ向かった。その瞬間、彼女は通りを見下ろす窓のほぼすべてから見えなくなった。致命傷となった2回目の襲撃は、オースティン・ストリート92-96番地の建物内の階段室で起きている。外からは見えない。既知の証人のうち、事件の経過を目撃できた可能性があるのはカール・ロスただ一人だった。「38人が30分間眺めていた」の実態は、「ばらばらの住民が、意味の取りにくい断片を数秒ずつ見聞きした」である。
第三の柱、誰も動かなかった。ここが一番あっけなく崩れる。窓から「その娘を放してやれ」と怒鳴って1回目の襲撃を中断させた住民ロバート・モーザーの存在は、実はギャンズバーグの元記事にすら書いてある。犯人を追い払った声は、物語の中で「役に立たなかった物音」に格下げされていただけだ。通報についても、当時15歳の目撃者だった元ニューヨーク市警警官が「父は1回目の襲撃の直後に警察へ電話した」と宣誓供述書で証言しているほか、複数の住民が通報を主張している。1964年の米国に911(緊急通報番号)はまだ無く、管轄の警察署へ直接かけるしかなかった。かけても手荒い応対をされることがある時代だった。この事件が後の911導入を後押ししたと言われるのだから、皮肉というほかない。
そしてソフィア・ファラーがいた。カール・ロスからの電話で事態を知ったファラーは、すぐ警察へ通報し、それから犯人がまだ潜んでいるかもしれない暗い階段室へ駆け込んで、瀕死のキティを抱きかかえた。警察が到着したとき、キティはまだ生きていた。友人の腕の中にいた。この人物は、38人の物語からは丸ごと消されている。冷たい隣人の群像に、居場所がなかったからだろう。
教科書は50年、新聞記事を引き写し続けた
それにしても、なぜ半世紀ものあいだ、誰も裁判記録を開かなかったのだろう。マニングらは論文の中で、米国で広く使われてきた社会心理学の教科書10冊を調べている。事件は10冊すべてに載っていた。7冊はコラムや専用の節まで設けていた。そしてほぼすべてが、キティは衆人環視の路上で殺されたという印象を与える書き方をしていた。定番教科書『ザ・ソーシャル・アニマル』の記述はこうである。
38人もの隣人が、彼女の悲鳴に応えて午前3時に窓辺へやって来た。そして殺人者がむごたらしい仕事を終えるまでの30分間、魅入られたように窓辺にとどまり続けた。誰ひとり助けに来なかった。手遅れになるまで、誰ひとり受話器を持ち上げることすらしなかった。
出典をたどると、この描写はギャンズバーグの1964年の記事に行き着く。どの教科書も、である。裁判記録を確認した形跡はどこにもない。心理学は一次資料を重んじる学問のはずだが、この物語に限っては、全員が同じ新聞記事の引き写しを引き写してきた。兆候がなかったわけでもない。1984年には、事件20年を振り返ったニューヨークの大衆紙デイリー・ニューズの記者が目撃者の数に疑問を呈し、「当時、確認に行った記者が『主張された数の目撃者は存在しない』と報告して、記事が没になった」という新聞社内部の証言まで報じている。それでも物語は流れ続けた。グラフィックノベル『ウォッチメン』の登場人物の原点に使われ、映画『処刑人』の題材になり、講義で語られ続けた。
この事件を語るとき決まって添えられる警句がある。エドマンド・バークの「悪の勝利に必要なのは、善人が何もしないことだけだ」である。マニングらは論文の脚注で、この警句もバークの著作のどこにも見つからないことを指摘している。1968年版の有名な引用句辞典に誤って収録されたことから広まった疑いが濃い。神話は、神話を引用して強くなる。
では、傍観者効果は嘘なのか
ここまで読むと、実験のほうまで疑わしく思えてくるかもしれない。起源の物語がこの精度なら、そこから生まれた効果も怪しいのではないか。そう考えたくなるのは分かるが、これは別の問題である。マニングらも「われわれは傍観者研究の伝統を無効にしようとしているのではない」とわざわざ断っている。実験室の効果は、前述のとおり再現され続けている。物語が偽物でも、物語に触発された科学は本物でありうる。
付け加えると、再現を確認した2011年のメタ分析には、もう一つの発見が埋まっていた。本当に危険な緊急事態では、傍観者効果は弱まり、条件によっては消える。危険は状況の曖昧さを消し、「これは緊急事態だ」という判定を速める。加害者がいる場面では、そばにいる他人は責任を薄める頭数であると同時に、一緒に立ち向かえる味方にもなる。つまり実験室の効果は本物だが、無条件の法則ではなく、状況の曖昧さに寄生する効果だった。ジェノヴィーズ事件のような、まさに命に関わる場面でこそ弱まる効果だったのである。
ただし、その本物の科学が答えてきた問いは、実は一つに限られていた。そこにいる一人が動く確率である。被害者が知りたいのは別の量だろう。そこにいる誰かが動いてくれる確率だ。一人ひとりの腰が重くなっても、頭数が増えれば「誰かが動く」見込みは機械的に増えうる。ラタネ本人が1981年に「個人の反応と集団の反応を直接比較することは無意味だ。人数が増えれば助けが増えるという純粋に機械的な可能性があるからだ」と書いている。設計者は区別が付いていた。付いていたが、この区別は教科書にも世間にも、ほとんど引き継がれなかった。
2019年、その積年の宿題に正面から答える研究が出た。リチャード・フィルポットらは、オランダのアムステルダム、英国のランカスター、南アフリカのケープタウン、3都市の繁華街の監視カメラが捉えた実際の路上トラブル219件を集め、映像をコマ単位で符号化した。なだめる身振り、当事者の間に割って入る、掴んで引き離す、倒れた被害者を介抱する。誰がいつ何をしたかを、本物の喧嘩と本物の通行人で数えたのである。
結果はこうだ。219件のうち90.9%で、少なくとも1人の傍観者が介入していた。 1件あたり平均3.76人が動いていた。体感治安がまるで違う3カ国で、介入率に統計的な差はなかった。そして周囲にいる人数が1人増えるごとに、誰かが介入する見込みはおよそ1.1倍ずつ上がっていった。現場に居合わせた人数は平均16人。つまり実世界の路上では、人が多いほど見殺しにされるのではない。人が多いほど、誰かは助けてくれる。
この結果は、個人単位の傍観者効果と矛盾しない。一人ひとりの介入確率が下がっても、母数の増加がそれを上回れば、集計値は上がる。矛盾はしないのだが、世間が38人の物語から受け取ってきた教訓、「都会の群衆の中で倒れたら誰も助けてくれない」は、データの上では裏返った。半世紀のあいだ、個人の確率の話が集団の確率の話として語られてきた。その取り違えを接着していたのが、38人の目撃者という物語だったのである。
神話の重力
振り返れば、奇妙な因果の連鎖である。警察トップの雑談に由来する数字を、新聞が1面で断言した。記事は本になり、本は学問を触発し、学問は本物の現象を発見した。ここまでなら、誇張が科学を生んだ幸運な事故で済む。問題はその先で、物語は発見された現象の解釈まで固定してしまった。集団は人を冷たくする装置だという読みだけが残り、集団の力を援助の方向へ使う研究は細々としか育たなかった。マニングらの言い方を借りれば、この物語は「良きサマリア人のたとえ」の反転形として機能した。困っている人を個人が救う寓話の代わりに、群衆が人を見殺しにする寓話を、心理学は入口に掲げ続けたのである。
もっとも、責任の分散という歯車そのものは、殺人事件のような極限状況を持ち出さなくても毎日回っている。会議で「誰かがメモを取っているだろう」と6人全員が思い、終わってから誰も取っていなかったと判明する。あの空白は、発作の実験で31%まで落ちた6人グループと同じ割り算の産物である。名指しされていない仕事は、頭数で割られて誰のものでもなくなる。私はこの割り算を根性で解くのをやめて、会議は録音してメモリスというAIボイスメモに渡すことにしている。録音を終えるとAIが処理して、数分で要約と決定事項が返ってくる。記録の責任を頭割りの外に出してしまえば、分散のしようがない。
最後に、物語の訂正が返してくれたものを書いておきたい。2016年、モーズリーが獄中で死んだとき、ニューヨーク・タイムズは訃報の中で、1964年の自社の報道が「目撃者の数と、彼らが何を認識していたかを著しく誇張していた」と認めた。同じ年、キティの弟ビル・ジェノヴィーズが事件を調べ直したドキュメンタリー『The Witness』が公開された。そして2020年、ソフィア・ファラーが92歳で亡くなったとき、訃報は彼女を「死にゆくキティ・ジェノヴィーズを抱いた女性」として伝えた。キティは、無関心の海で独りで死んだのではなかった。駆けつけた友人の腕の中で死んだ。その事実が公式の記録に戻ってくるまでに、半世紀かかった。
教科書のいちばん有名なページがこの精度だったのだとすると、まだ検証されていない「みんな知っている話」は、あと何枚残っているのだろうか。
あわせて読みたい: