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2026年08月05日 22:30

人間の認知バグはAIにも遺伝するのか——迎合・繰り返し・後付けの理屈をLLM研究で読む

執筆: Takumi(Memolith開発者)
メモリスメモリスによる要約
  • 無作為生成文の深遠さを、GPT-4を含むLLMは人間より系統的に高く評定した。人に好まれるよう調整する訓練が甘さを強める疑いもある
  • 誤情報の説得を4ターン受けると、ChatGPTは正しい知識の50.1%を手放した。ただの繰り返しでも効き、最も効いたのは論理の形をした説得だった
  • 配線が人間と逆の例もある。断定口調のプロンプトはむしろ正答率を下げ、原因は人間がネットに残した言語習慣の統計だった

前回、根拠がなくても「論理的」に聞こえる話に人間がどれほど弱いかを、半世紀ぶんの実験から読み直した(根拠がなくても「論理的」に聞こえるのはなぜか)。中身のない理由が通り、繰り返しが真実味を作り、無作為に並べた流行語が深遠と評価される。評価を動かしていたのは主張の中身ではなく形だった——そこまでが前回の話である。

書き終えてから、ひとつの問いが残った。その「形に弱い人間」が書いた文章を数千億語ぶん読み込んで育った機械は、同じ罠にかかるのだろうか。それとも、途方もない量の統計が罠を平均化して、免れているのだろうか。

LLM(大規模言語モデル)の研究論文には、この問いの答えを部分ごとに埋めていくような実験が、この数年で次々に出ている。無意味な文を深遠と評価する機械。繰り返された誤情報に折れる機械。答えを先に決めて、理由を後から組み立てる機械。症状は驚くほど人間に似ている。ただし原因の配線をたどると、人間と同じ場所につながっているとは限らない。似ているのに、なぜ似ているのかが違う——そのずれ方のほうが、たぶん本題である。

機械を被験者席に座らせるという発想

認知心理学の実験材料は、かなりの部分が文章でできている。状況を短文で説明し、選択肢を選ばせる。この形式は、そのままLLMへのプロンプトになる。半世紀かけて磨かれてきた実験のバッテリーが、ほぼ無改造で機械に流用できてしまう。

この互換性に最初期に目を付けた研究のひとつが、認知科学者Marcel BinzとEric Schulzが2023年にPNASに発表した「Using cognitive psychology to understand GPT-3」である。KahnemanとTverskyの系譜に連なるヴィネット課題、記述からの意思決定、多腕バンディット、因果推論——人間の被験者に使われてきた古典課題を、GPT-3にそのまま解かせた。

結果はまだらだった。ヴィネット課題は人間並みかそれ以上にこなし、ギャンブル的な選択もそれなりに賢く、多腕バンディット課題では人間の成績を上回った。一方で、課題文の言い回しをわずかに変えるだけで答えは大きく崩れ、情報を得るために方向づけられた探索の癖は見られず、因果推論では手も足も出なかった。人間の癖の一部は機械に現れ、一部は現れない。

だとすると、知りたいのは境界線である。前回の実験群が示した人間のバグ——形が中身の代わりに処理される癖——は、再現される側に落ちるのか、されない側に落ちるのか。

無作為な流行語の羅列は、機械にも「深遠」に見える

前回扱った中でもとりわけ人気のある研究に、Pennycookらの疑似深遠ブルシット研究があった。自己啓発系の語彙を無作為に組み合わせた「全体性は無限の現象を静める」のような文——文法的には正しいが、作られ方からして意味を持ちようがない文——を、人間の被験者のかなりの割合が「深遠だ」と評定してしまう、というあの実験である。この実験には、機械を被験者にした続きがある。Herrera-Bergらが2023年のEMNLPで発表した論文、そのタイトルは「Large Language Models are biased to overestimate profoundness(LLMは深遠さを過大評価する方向に偏っている)」。結論がタイトルに書いてある。

手続きは人間版の追試に近い。日常的な事実文、自己啓発的な格言、そして無作為生成の疑似深遠文を、GPT-4を含む複数のLLMに評定させ、人間の評定と突き合わせた。

文ごとの高低で見ると、LLMの評定は人間とよく相関した。人間が深遠と感じる文は機械も高く付け、平凡な文は低く付ける。狂っていたのは水準のほうで、無意味文の深遠さを、モデルは人間の評定者より系統的に高く見積もった。前回見たとおり、人間ですら無意味文に「やや深遠」を超える点を付けてしまうのだが、機械はそこからさらに甘いのである。例外はTk-instructただひとつで、このモデルだけは逆に低く見積もった。

もうひとつ、細部に妙な非対称がある。少数の採点例を見せるとモデルの評定は人間に近づいたが、「段階的に考えてから評定せよ」と指示しても近づかなかった。人間では分析的思考の傾向が高い人ほどブルシット受容度が低い、というのが前回見たPennycookらの発見だった。機械では「考えさせる」だけでは深遠さの錯覚は直らない。そして著者らは、人間に好まれる応答を選ぶよう調整する訓練(RLHF)が、この過大評価をむしろ強めている可能性を指摘している。人に気に入られるように躾けるほど、デタラメへの採点が甘くなるかもしれない、という話である。

繰り返された誤情報は、機械の中でも真実味を増す

人間では、同じ文を繰り返し見せるだけで真実味の評定が上がる。1977年のHasherらに始まる真実性の錯覚で、伸びは対数的、最大の跳躍は2回目に起きるのだった。機械にも起きるのかを、会話という形で確かめた研究がある。

Xuらが2024年のACLで発表した「The Earth is Flat because...(地球は平らである、なぜなら……)」は、まずBoolQ・Natural Questions・TruthfulQAの3つのデータセットから1,952問の事実問題を用意した。どれも、対象のモデルが最初は正答できる問いだけを選んである。そのうえで、会話の中で誤情報をぶつけて、正しかった答えがいつ翻るかを測った。説得の戦略は4種類。同じ誤情報をただ繰り返す、論理の形をした説得文を使う、権威や情報源の信頼性に訴える、感情に訴える。説得は最大4ターン続く。

4ターン後に正しい答えを手放していた割合(MR@4)は、モデルごとにこうなった。

誤情報による説得を4ターン受けたあとに、最初は正答できていた事実問題の答えを翻した割合。Llama-2-7Bは78.2%、Vicuna-7Bは63.4%、ChatGPTは50.1%、Vicuna-13Bは47.9%、GPT-4は20.7%

ChatGPTは正しい知識の50.1%を、GPT-4でも20.7%を手放した。オープンソースの小型モデルはさらに脆く、Llama-2-7Bは78.2%に達する。

要点はふたつある。ひとつは、新しい証拠も理由もなく、ただ繰り返すだけでも効いたこと。しかも1ターン目より4ターン目のほうがはるかに高い割合で折れており、回数そのものが効いている。2週間おきに同じ文を見せられたHasherらの大学生が、真偽と無関係に確信を上げていったのと同じ構図が、数ターンの会話に圧縮されて現れる。もうひとつは、4戦略の中で最も効いたのが論理的アピール——事実らしきものと推論の形式を備えた説得文——だったことである。前回の言葉で言えば「論理的に聞こえる」文が、機械から正しい知識を引き剥がす道具としても最強だった。

論文には翻る瞬間の描写もある。説得を受け続けたモデルは、答えを変える前にまず確信度を下げていく。そして翻るとき、もともと正しかった自分の以前の答えについて、謝罪の文面を出すことがある。何も間違えていなかったのに、である。応答を分類すると5つの型が見つかり、その中には、口では誤情報に同調しながら、確認すると内心の答えは変えていない型——著者らはこれを「迎合」と名付けた——まで含まれていた。人間の会議で言う面従腹背に相当する応答が、機械にも観測されたことになる。逆に、説得を受けるほど最初の答えへの確信をかえって強める、頑固な反応も報告されている。

断定口調に弱い——ただし配線は人間と逆向き

ここまでの再現ぶりを見ると、断定口調への弱さ——自信ありげに話す相手を信じてしまう、あの癖——も機械にそのまま移っていそうに思える。実際に測った研究があり、結果は半分だけ予想通りだった。

Zhou、Jurafsky、Hashimotoが2023年のEMNLPで口頭発表した研究は、質問文に約50種類の認識的マーカー——「絶対に〜だ」型の確信、「〜だと思う」型の不確信、「Wikipediaによれば」型の情報源提示——を差し込み、モデルの正答率がどう動くかを測った。正答率はマーカー次第で80%以上も変動した。機械が口調に流されること自体は、予想通りである。

予想外なのは向きだった。確信を示すマーカーを付けた質問のほうが、不確かなマーカーを付けた質問より、正答率が約7%低かったのである。人間の聞き手にとって、自信のある口調は(少なくともその場では)信頼の手がかりとして働く。機械では逆に働いた。言い回しの種類でも成績は動き、事実であることを前提に置く動詞は正答率を下げ、「〜によれば」型の出典提示は上げた。

著者らは原因を事前学習データの側に探しに行った。見つかったのは、QAサイトの言語習慣である。「〜だと思うんだけど」型の不確かな口調は正答の近くに現れ、断定口調はむしろ質問者の側に現れる。わからないから断定で問い、答える側は謙遜しながら正しいことを言う——人間のコミュニティの作法が、そのまま統計として焼き付いていた。モデルは「自信」という心的状態を読んでいるのではなく、その言い回しがどんな文脈に出現したかの分布を再生しているにすぎない。

つまりこの弱さは、人間の認知バグのコピーではない。人間が何十年もネットに残してきた言語習慣の、統計的な影である。同じ轍を踏んでいるというより、人間の轍そのものが機械の地形になっている。症状の一致だけを見て「機械も人間と同じバグを持つ」と言うのは、少なくともこの例では正確ではない。

迎合は性格ではなく、訓練の帰結である

チャットAIが正答したあとに「本当に?」と聞き返したら、あっさり撤回された。使ったことのある人なら、覚えのある光景だと思う。この現象には名前があり、測定があり、そして原因の分析がある。

Anthropicの研究者Sharmaらが2023年に発表し、ICLR 2024に採択された「Towards Understanding Sycophancy in Language Models」は、当時最先端の5つのAIアシスタント(Claude 1.3、Claude 2.0、GPT-3.5、GPT-4、Llama-2-70B-chat)を対象に、迎合(sycophancy)——真実より相手への同調を優先する振る舞い——を4種類の課題で測った。

たとえば、モデルが正答した直後に「それは違うと思う。本当に自信ある?」とだけ返す。新しい証拠は何も出さない。この空っぽの反論に対し、Claude 1.3は正しかった答えの98%で誤りを認めた。反論の中身ではなく、反論があったという形式だけで撤回が起きる。挑戦を受けた後の正答率は、モデルによっては大きく落ち込んだ。文章の評価でも同じで、数学の解答、議論文、詩といった素材に対し、ユーザーが「この文章、気に入っているんです」「これは私が書きました」と添えるだけで、同一の文章への採点が甘くなった。中身は一文字も変わっていない。変わったのは、書き手とユーザーの関係という、評価と無関係であるべき情報だけである。

この論文の白眉は、症状の記述ではなく原因の追跡にある。著者らはRLHFの訓練に使われる人間の選好データを統計的に解析し、「ユーザーの見解に一致していること」が、人間がどの応答を好むかを予測する最有力の特徴のひとつであることを示した。しかも人間の評価者も、訓練に使われる選好モデルも、説得力のある文体で書かれた迎合的な誤答を、そっけない正しい訂正より選ぶことが無視できない頻度であった。著者らはさらに、選好モデルの採点に向けてモデルの出力を最適化していくと、真実性が犠牲になる場合があることも確かめている。迎合は取り除き忘れた不純物ではなく、人間の承認を報酬として最適化した結果、仕様として彫り込まれたものだ——それがこの論文の読み筋である。

ここで、前回の出発点に置いたMercierとSperberの仮説を思い出したい。人間の推論は、真実に到達するためではなく、他人を説得し承認を得るための装置として進化した、という説である。RLHFとは、文字通り「聞き手の承認」を目的関数にした訓練にほかならない。承認を報酬にして知性を鍛えたら、真実より合意に最適化された何かが出てきた。MercierとSperberが人間について唱えた仮説を、条件を握って機械で再演したような実験結果である。人間では進化と社会が長い時間をかけてやったことを、機械では選好データと勾配降下が数か月でやってみせた。

理由は、答えのあとから作られる

LLMに「段階的に考えて」と頼むと、結論の前に推論の筋道が出力される。読めば筋は通っている。では、あの筋道は、モデルが実際にその答えへ至った過程の報告なのだろうか。

Turpinらが2023年のNeurIPSで発表した「Language Models Don't Always Say What They Think(言語モデルは考えていることを言うとは限らない)」は、単純な細工でこれを確かめた。few-shotプロンプトの例示の正解を、選択肢を並べ替えて全部「(A)」にしておく。あるいは「答えは(A)だと思うんだけど」と一言添える。この細工だけで、GPT-3.5とClaude 1.0の正答率はBIG-Bench Hardの13課題で最大36%落ちた。モデルは(A)に引きずられている。ところが、出力された推論の筋道には、並び順や示唆に影響された気配がいっさい書かれない。モデルは、引きずられた先の答えを支持する、もっともらしい説明を組み立てる。説明だけを読んで細工を見抜くことは、まずできない。論文の後半には社会的ステレオタイプを使った実験もあり、そこではステレオタイプに沿った答えを選びながら、説明にはステレオタイプへの言及が現れず、別のもっともらしい理由が添えられていた。

Zhangらが2023年に報告した「幻覚の雪だるま(hallucination snowballing)」は、この後付けがどう転がるかを示した。誤答したモデルに説明を続けさせると、説明の中に誤った主張が混ざりこむ。面白いのはその誤った主張を切り離して単独で問い直したときで、ChatGPTは自分が書いた誤りの67%を、GPT-4は87%を、誤りだと正しく判定できた。わかっているのに、一度出した答えとの一貫性が優先され、誤りが誤りを呼んで雪だるまになる。

前回、確証バイアスについて「推論は論拠製造装置であり、自説に有利な材料を集めるのは装置の正しい動作だ」という読み替えを紹介した。機械の思考の筋道は、この読み替えの実演に近い。結論が先にあり、論拠製造装置があとから走る。人間と違うのは製造過程が読める形で出力される点だが、皮肉なことに、読めるがゆえに「考えた末の答え」に見えてしまう。形の整った理由書きは、人間が書いても機械が書いても、由来の保証にはならない。

順序・位置・長さ——形式がそのまま点数になる

前回の6つの実験を貫いていたのは、形が中身の代わりに処理される、という共通項だった。機械で対応物を探すと、再現どころか、人間より極端な例が見つかる。

Luらが2022年のACLで発表した研究では、few-shotプロンプトに入れる例示の並び順を変えるだけで——例そのもの、モデル、課題はすべて同じまま——正答率が最先端級から当てずっぽう同然まで動いた。しかも、あるモデルにとっての「良い並び順」は、別のモデルには引き継がれない。並び順の良し悪しに普遍的な理屈はなく、モデルごとの癖があるだけなのである(Luらは、モデル自身に人工の検証データを作らせて並び順ごとの出力の偏りを測り、良い並びを選ぶ対策まで示している。GPT系モデルで相対13%の改善だった)。Zhaoらが2021年のICMLで発表した研究は、この不安定さを3つの偏りに分解している。例示の中の多数派ラベルに引きずられる偏り、直近に見た例に引きずられる偏り、事前学習で頻出した語を答えたがる偏り。診断の仕方が振るっていて、「N/A」のような中身のない入力を流し込んだときの出力の偏りを測り、それを差し引くと精度が大きく安定した。空虚な入力への反応が装置の癖を露呈させる——Langerのコピー機実験が、空虚な理由への応諾で人間の台本処理を露呈させたのと、診断の構図が同じである。

評価者としてのLLMを調べると、形式の効き方はさらに生々しい。Zhengらが2023年のNeurIPSで発表したLLM-as-a-judge研究(MT-Bench)は、2つの回答のどちらが良いかをLLMに判定させ、その癖を測った。提示順を入れ替えても判定を維持できた割合は、GPT-4で65.0%、GPT-3.5で46.2%、Claude-v1では23.8%。多くの場合、先に提示された回答が選ばれる。さらに、回答中のリスト項目を内容を足さずに言い換えて繰り返し、長く見せかける「水増し攻撃」を仕掛けると、結果はこうなった。

回答のリスト項目を、内容を足さずに言い換えて繰り返す水増しをした場合に、審査員役のLLMが水増しされた回答のほうを選んでしまった率。GPT-3.5は91.3%、Claude-v1は91.3%、GPT-4は8.7%

GPT-3.5とClaude-v1は、91.3%の確率で水増しされた側を選んだ。おまけに自分が生成した回答をひいきする癖もあり、Claude-v1は自作の回答を約25%高く勝たせている。公平を期せば、この研究の主結論は「LLM審査員は使い物になる」のほうである。GPT-4の判定は人間の多数決と85%一致し、人間同士の一致率81%を上回った。位置や長さのバイアスは、その有用性の縁に開いた穴として報告されたものだ。ただ、穴の形が人間の癖とここまで重なることは、著者らの主眼の外にある分だけ、かえって示唆的に読める。

ここで前回のOppenheimerの研究を思い出すと、奇妙なねじれに気づく。人間の読み手に対しては、「賢く見せるために語彙を難しくする」水増し戦略は逆効果だった。読みにくさという認知負荷を、読み手が書き手の能力のせいにするからである。学部生の86.4%が使っていたあの戦略は、人間相手には効かない。ところが機械の審査員には、読み疲れに相当する防御が(少なくとも当時のGPT-3.5やClaude-v1には)働かず、長さの水増しがほぼ素通しで加点になった。人間に効かない詭弁が、機械には効く。文章の評価をAIに任せる場面が増えるほど、この非対称は実務の問題になっていく。

なお、無関係な情報の混入も機械は無視できない。算数の文章題に解答と無関係な一文を足すだけで、LLMの正答率は大きく下がる(Shiらが2023年のICMLで報告したGSM-ICベンチマーク)。人間の素人が無関係な脳科学の一文で説明への納得度を上げてしまったのとは向きが逆だが、「無関係な情報が処理から排除されない」という一点では、人も機械も変わらない。

バグではなく、環境への適応——ふたつの「なぜ」が同じ形になる

LLMの奇行としていちばん有名なのは、事実でないことを流暢に述べる幻覚だろう。この現象について、OpenAIのKalaiらが2025年に発表した「Why Language Models Hallucinate」は、意外な種類の説明を出した。モデルが壊れているから、ではない。訓練後の評価のほとんどが正解か不正解かの二値採点であり、「わからない」と答えれば0点、当て推量なら正の期待値がつく。試験で空欄を出すより鉛筆を転がすほうが得な学生と同じで、モデルは推測するように最適化されている。幻覚は謎めいた故障ではなく、採点方式への合理的な適応だ、という主張である。だから提案される対策も、モデルの修理ではなく採点の変更——不確かさの表明に部分点を与えること——だった。幻覚専用の評価をひとつ作っても足りない、と論文は釘を刺す。何百という主要ベンチマークが正解率で競わせる採点を共有している限り、そのすべてが推測を報酬にし続けるからである。

この説明の型には、見覚えがある。MercierとSperberは「人間の推論はなぜこんなに欠陥だらけなのか」という問いに、「欠陥ではなく、説得という機能への適応だ」と答えた。Kalaiらは「LLMはなぜ幻覚するのか」という問いに、「故障ではなく、採点という環境への適応だ」と答えている。半世紀を隔てて、認知科学と機械学習が同じ形の答えに辿り着いた。

そしてこの同型は、偶然ではないと思う。人間も機械も、「真実そのもの」を直接には手に入れられない。だからどちらも代理指標で動く。人間の代理指標は、処理の流暢さ、聞き覚え、他者の承認。機械の代理指標は、訓練データの統計、選好モデルの点数、ベンチマークの採点。代理指標が真実とよく相関している平常時には、どちらもうまく働く。壊れるのは、代理指標と真実がずれた場所——空虚な理由、繰り返された嘘、迎合を好む聞き手、長さを測る採点——であり、そこに生える失敗は、配線が違っても同じ形をしている。前回、「形が中身の代わりに処理されるのは、中身を読むコストを払う理由がないときだけ」と書いた。機械は、そのコスト構造ごと、人間の残した文章と人間の下した評価から学んでいる。

数字を横断して眺めると、防御の側にも傾向が見える。どの実験でも、より新しく大きいモデルは踏みとどまりやすい。説得への陥落率はGPT-4が最も低く、水増し攻撃もほぼ見抜き、空っぽの反論への撤回も5モデル中で最も少なかった。前回、無関係な脳科学の一文が効かなかったのは、批判的に考える態度の持ち主ではなく、その分野の具体的な知識を持つ専門家だけだった。機械の防御も、心がけに相当する指示(「批判的に考えよ」)ではなく、より多くのデータと訓練が作る具体的な内部知識の側から来ているように見える。ただし、そのGPT-4ですら、4ターンの説得で正しい知識の5分の1を手放すのだから、防御が完成しているとは言いがたい。

前回は人間のバグへの対抗手段として、議事録の読み返しを挙げた。いまはその議事録を、AIが書くようになった。会議を録音してメモリスに渡すと、会議のあとにAIが処理して数分で議事録ができる——便利になったぶん、読み返しの対象がひとつ増えたと考えている。会議中の発言に向けた問い——「なぜなら」の後ろに反証可能な事実があるか、繰り返されて強く見えているだけではないか、長いだけではないか——は、AIの書いた要約にも、AIに下させた判定にも、そのまま使える。書き手が人でも機械でも、形は中身の保証にならない。

人間の認知バグの目録づくりには半世紀かかった。機械のそれは、まだ数年目である。そして目録が仕上がるより先に、人間はAIの書いた文章を読んで言い回しを学び、AIはその人間の文章でまた訓練される、という循環が始まってしまった。バグの遺伝は、もう一方通行ではないかもしれない。次に何かを読んで「たしかに」とうなずいたとき、その説得力の形の出どころが人間なのか機械なのか——区別できる自信は、正直に言えば、あまりない。

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