
- 三菱UFJ銀行、標準化1案件11人日を1人日に削減
- 汎用AI単体は失敗、業務知識の構造化が決め手
- 協議工数は不変、AIが代替したのは文書作業のみ
生成AIに業務を任せてみると、出てくる答えはどうも要領を得ない。多くの企業が最初につまずく壁だ。三菱UFJ銀行はこの壁を越え、拠点ごとに違う業務手続きを標準手続きと比較して整合させる作業の工数を、1案件あたり11人日(1人が11日がかりで行う作業量に相当)から1人日に、約9割圧縮したと明らかにした。AWS Summit Japan 2026に登壇した同行の溝口直樹氏(執行役員 国際事務企画部長)が語った内容で、この講演をITmedia エンタープライズが報じている。
同行は世界30カ国に拠点を構え、3000人を超えるスタッフが1日平均20万件の取引データをシステムに入力している。その約8割を占めるのが、顧客の資金をやり取りする送金業務だ。海外拠点向けの標準手続きは本部が発行する約600ページの文書にまとまっているが、各拠点が現地の商慣習や規制に合わせて作った固有手続きの文書は数百〜数千ページに及ぶ。海外事業の収益比率を20%から50%まで伸ばす過程で顧客ごとの個別対応が増え、拠点ごとの事務事故率や生産性のバラつきも広がっていた。標準化の受け皿として作ったインドの事務集中センターへの業務集約率も、目標の約10%にとどまっていたという。
この標準手続きと固有手続きの差を埋める作業は、同行が「知見者」と呼ぶベテラン従業員の経験に頼らざるを得なかった。知見者は膨大な手続き文書を読み解き、一つずつフローチャートに描き起こし、他拠点のものと突き合わせて違いを見つけ、関係者と協議したうえで手続きを修正する。標準化を進めるほど、この一連の作業を担える限られた人材への負荷が積み上がる構図だった。
溝口氏のチームはこの構図を崩すため、「AIフローチャート」という仕組みを作った。基準となる手続き書類をアップロードして対象プロセスを選ぶと、標準手続きと拠点手続きの2つのフローチャートが自動生成される。知見者は色分けや吹き出しで示された差分を確認し、自然言語での指示だけで修正を加えられる。RPA(Robotic Process Automation、人手の定型作業をソフトウェアが代行する仕組み)に置き換えられる工程を洗い出したり、特定拠点のやり方を他拠点に反映したりする使い方も想定しており、多言語に対応するため日本と海外の担当者が同じ画面で議論しながら修正できるという。
この仕組みで、フローチャートの作成、比較、修正にかかる工数は1案件あたり11人日から1人日に減った。内訳は作成が10人日から0.5人日、比較と修正がそれぞれ0.5人日から0.25人日。ここで見落とせないのが、関係者との協議に必要な1〜2人月(1人が1〜2カ月かけて行う作業量)はこの数字に含まれておらず、AI導入後も変わっていない点だ。1人月はおおむね20営業日に相当するため、協議の1〜2人月は20〜40人日ほどの見積もりになる。作成、比較、修正の合計がわずか1日に縮んだのに対し、協議はその何十倍もの期間がそのまま残っている計算だ。AIが縮めたのは文書を作る作業であって、人と人が合意する作業ではない。
ここに至るまで、開発は順調ではなかった。AIフローチャートは2024年に同行の生成AI活用第1号案件に選ばれ、約1年半をかけて作られている。2025年5月ごろまでは自社環境の生成AIだけでフローチャートを作らせていたが、プロトタイプの品質は安定しなかった。「ニューヨーク支店の送金手続きを分かりやすくチャートにしてほしい」と指示すると、色数だけが過剰なチャートが出るかと思えば、逆に簡略化しすぎて実務に使えないチャートが出ることもあったという。本来は複数人で分担している業務を「1人」と読み違えるような誤りも起きた。AIの回答が人間の意図からずれるミスアラインメント(人間の意図とAIの出力がずれること)や、事実に基づかない情報をもっともらしく生成するハルシネーションが頻発し、プロジェクトを別案件に乗り換える案も出ていたころ、AWSから提案があった。生成AIに「オントロジー」と「ナレッジグラフ」という2つの技術を組み合わせる提案だ。
オントロジーは概念と関係を定義する設計図、ナレッジグラフはその設計図に沿って個々の事実を整理したデータベースにあたる。標準手続きの「担当者は顧客依頼に従って、送金データを登録する」というルールに対し、ある拠点は「送金担当者は書面もしくは電磁的方法で受け付けた顧客依頼に従って、勘定系システムに送金データを登録する」のように具体化して記述する。担当者、依頼手段、システム名という語彙が「点」になり、それらをつなぐ手続きの流れが「線」になる。この骨格を先に与えることで、AIは自由記述の手続き文書からでも比較可能な構造を安定して取り出せるようになる。
骨格を作る作業自体も、AIと知見者の協働だった。まず生成AIが標準手続きの文章を「主語、述語、目的語」の3点セット(トリプルと呼ばれる)に分解する。知見者がその分解結果を確認し、誤りを直す作業は英文法の正誤問題を解く感覚に近いという。主語や目的語が抜け落ちた不完全なトリプルを知見者が補う「穴埋め問題」の工程も加え、基本問題から応用問題までこの作業を繰り返すことで、約2万件のトリプルを積み上げてオントロジーに変換した。「生成AIは言語処理能力が高く、24時間働き続けられる。しかし、初期状態では業務知見を全く持たない新入社員のような存在だ」と溝口氏は表現する。だからこそ、人に教えるのと同じ手順で業務の基礎知識を教育すれば、AIの誤りは減らせるという理屈だ。
汎用AIに文書をそのまま読ませて答えを出させる使い方と、業務知識を構造化してからAIに渡す使い方は、似ているようで結果がまるで違う。前者は自然文を確率的に処理する仕組みが業務固有の言い回しをそのまま解釈するため、専門用語や独特の表現が多い業務ほど誤読が増える。後者は用語と関係をあらかじめ定義しておくことで、AIが解釈をぶらせる余地をその定義の範囲に閉じ込める。溝口氏が「もはやリソースの制約は言い訳にならない」と語った背景には、精度が足りないなら高性能なモデルに乗り換えるという発想ではなく、モデルに渡す前段階の知識の持たせ方を変えるという発想の転換がある。
「うちにはオントロジーを設計するような余力はない」という反論は当然出るだろう。何十年も蓄積された固有の手続きを持つ組織でなければ、構造化のコストが割に合わない場面もある。ただし三菱UFJ銀行が9割の工数削減にたどり着けたのは、いきなり全社のオントロジーを作ったからではない。600ページの標準手続きという、すでに文章化された土台があったからこそ、比較対象の固有手続きをつなぐ設計図を作るだけで済んだ。同行は今後、2026年3月から始まる受け入れテスト(UAT、実際に使う部署がシステムを本番導入前に検証する工程)のケース作成や、要件定義書の作成にもこの骨格を転用する計画だという。
土台になる文章がまだ存在しない組織では、話は変わる。業務知識がベテランの頭の中にしかなく、一文字も書き起こされていない状態では、AIフローチャートのような比較の自動化にたどり着く前に、まずその知識を文章として記録する工程が要る。録音した音声をAIが文字起こしして要約するAIボイスメモのようなツールは、この最初の記録工程を軽くする手段として使える範囲にとどまる。構造化そのものを代替するわけではないが、知見者の説明を残す作業から着手すること自体は、どんな規模の組織でも今日から始められる。
固有名詞や表記ゆれをAIがどこまで正確に拾えるかは、学習データに何を与えたかにそのまま跳ね返る。三菱UFJ銀行が2万件のトリプルを積み上げたように、業務ごとに用語と関係を地道に積み上げていく作業が、認識精度を左右する。




