
- 三菱UFJ銀行、標準化1案件11人日を1人日に削減
- 汎用AI単体は失敗、業務知識の構造化が決め手
- 協議工数は不変、AIが代替したのは文書作業のみ
三菱UFJ銀行が、生成AIを使って業務標準化の工数を約9割削減したと発表した。ITmedia エンタープライズの報道によると、AWS Summit Japan 2026での講演で明らかにされた事例だ。
同行は海外30カ国に拠点を持ち、3000人を超えるスタッフが1日20万件の事務データをシステムに入力している。その約8割が送金業務だという。国内の標準手続きは約600ページにまとまっているのに対し、各拠点が独自に運用する固有の手続き文書は数千ページに及ぶ。この差を埋め、拠点ごとの手続きを標準手続きと比較・整合させる作業が、ベテラン行員(社内では「知悉者」と呼ばれる)の経験と時間に依存していた。
同行はこの作業に「AIフローチャート」という仕組みを導入し、1案件あたりの工数を11人日から1人日に圧縮したと報告している。約9割の削減にあたる。内訳を見ると、フローチャートの作成が10人日から0.5人日に、比較・修正がそれぞれ0.5人日から0.25人日に縮んだ一方、関係者との協議に必要な1〜2人日はほぼ変わっていない。AIが代替したのは、手続きを図に起こし他拠点と機械的に比較する部分であり、最終的な合意形成という人間の仕事はそのまま残った形になる。
業務にAIを入れるとき、多くの企業が最初につまずくのはこの案件と同じ場所だ。 三菱UFJ銀行も、2025年5月ごろまでは汎用の生成AIだけでフローチートを作らせようとしていた。しかし出力の品質が安定せず、案件ごとの比較にも耐えない状態が続いたという。原因は、AIがハルシネーション(AIが事実に基づかない情報をもっともらしく生成する現象)やミスアラインメント(人間の意図とAIの出力がずれること)を起こし、業務の手続きという正確さが求められる領域で信頼できる結果を返せなかったことにある。
同行がこの壁を越えられたのは、AIに投げ込むプロンプトを工夫したからではない。AWSの提案を受け、業務知識そのものを「オントロジー」と「ナレッジグラフ」という2つの技術で構造化したことが転機になった。オントロジーは概念と関係を定義する設計図、ナレッジグラフはその設計図に沿って個々の事実と関係を整理したデータベースにあたる。たとえば「全担当者は顧客依頼に従って送金データを登録する」という標準ルールに対し、各拠点が「特定担当者は書面または電話で受け付けた顧客依頼に従って、送金システムに送金データを登録する」のように具体化して記述している場合、担当者・依頼手段・送金データという語彙が「点」になり、それらをつなぐ手続きの流れが「線」になる。この骨格を先に与えたことで、AIは手続き文書という自由記述の集まりから、比較可能な構造を安定して取り出せるようになった。
汎用AIに文書をそのまま読ませて答えを出させる使い方と、業務知識を構造化してからAIに渡す使い方は、似ているようで結果が大きく違う。前者は自然文を確率的に処理する仕組み上、専門用語や固有の言い回しが多い業務ほど解釈がぶれやすい。後者は、あらかじめ用語と関係を定義しておくことで、AIの解釈のゆれをその定義の範囲に閉じ込められる。三菱UFJ銀行の事例が示しているのは、精度が足りないからより高性能なモデルに乗り換える、という発想ではなく、モデルに渡す前段階の知識の持たせ方を変える、という発想だ。
ここで「うちにはオントロジーを設計するような余力はない」という反論は当然出るだろう。銀行の送金業務のように、何十年も蓄積された固有の手続きを持つ組織でなければ、構造化のコストが割に合わない場面もある。ただし、この事例が9割削減できたのは、いきなり全社のオントロジーを作ったからではない。600ページの標準手続きという、すでに文書化された土台があったからこそ、そこに比較対象の固有手続きをつなぐ設計図を作るだけで済んだ。逆にいえば、業務知識がベテランの頭の中にしかなく、まだ一文字も書き起こされていない組織では、AIフローチャートのような比較の自動化以前に、まずその知識を文章として記録する工程が要る。録音した音声をAIが文字起こし・要約するAIボイスメモのようなツールは、この最初の記録工程を軽くする手段として使える範囲にとどまる。構造化そのものを代替するわけではないが、知悉者の説明を残す作業から着手すること自体は、どんな規模の組織でも始められる。
固有名詞や専門用語の表記ゆれをAIがどこまで正確に拾えるかは、学習データに何を与えたかにそのまま跳ね返る。業務ごとに用語を積み上げて認識精度を上げていく設計は、今回のオントロジー構築とも根が同じ発想だ。