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2026年08月22日 07:05

スタンフォード監獄実験は演出されていた|録音が覆した通説

執筆: Takumi(Memolith開発者)
メモリスメモリスによる要約
  • 2019年、Le Texierが保管録音と文書、参加者15人への取材を洗い直し、看守役への具体的な指導の記録を示した
  • BBCの再現実験では看守役は役割に同一化せず囚人側に制圧され、「役割が人を作る」は再現されなかった
  • 半世紀の語りを覆した決め手は当時のままの録音とメモ。回想は年々整形されるが、その場の記録は書き換わらない

心理学史上、これほど有名な実験は数えるほどしかない。1971年のスタンフォード監獄実験は、「普通の大学生が看守の役割を与えられただけで、数日で自発的に残虐になった」という筋書きとともに、半世紀にわたって教科書に載り続けてきた。

2019年、この筋書きは覆った。フランスの研究者Thibault Le Texierがスタンフォード大学に保管されていたアーカイブ(録音と文書)を洗い直し、参加者15人に取材した結果、看守たちは自発的に残虐になったのではなく、実験スタッフから「タフな看守」として振る舞うよう具体的に指導されていたことが、当時の録音そのものから裏付けられた(Le Texier, 2019, 学術誌American Psychologist掲載)。しかも2002年に英国で行われた大規模な再現実験では、看守役はそもそも役割に同一化せず、囚人側に制圧されていた。

物語を覆した決め手は、誰かの新しい証言ではない。半世紀のあいだ語り直され続けた回想ではなく、当時のまま書庫に眠っていた、編集されていない録音とメモだった。この記事では、実験の通説がどう作られ、どの記録によってどう崩れたのかを、一次資料に基づく研究を突き合わせながら追う。

半世紀、教科書に載り続けた物語

1971年8月、心理学者フィリップ・ジンバルドーはスタンフォード大学の心理学部地下に模擬刑務所を作り、新聞広告で集めた大学生24人を看守役と囚人役に無作為に割り当てた。報酬は1日15ドル。2週間の予定だった実験は、囚人役の精神的な不調が相次いだとして6日で打ち切られた。

ジンバルドーらが1973年に発表した最初の学術論文(Haney, Banks & Zimbardo, 1973, International Journal of Criminology and Penology)は、「どちらの集団も、役割について特別な訓練は受けていない」と明記している。心理的に安定した普通の若者が、看守という役割と状況の力だけで攻撃的になった。個人の資質ではなく状況が悪をつくる。この説明が、実験を心理学史の看板に押し上げた。

影響は学術の外にも広がった。Le Texierの整理によれば、この実験は心理学、社会学、犯罪学など数十の教科書や概説書で紹介され、小説や3本の劇映画の題材になった。2004年に発覚したアブグレイブ刑務所での米兵による収容者虐待事件では、ジンバルドー自身が「状況の力」を説く被告側の専門家証人として裁判に関与している。「役割が人を作る」という命題は、実験室を出て、現実の事件を説明する道具になっていた。

2019年、書庫が開かれた

Le Texierの方法は地味である。スタンフォード大学図書館の特別収蔵庫に保管されていた16箱、アクロン大学のアメリカ心理学史アーカイブの1箱。そこに残る数百点の文書、実験中に撮影された約6時間の映像、実験の前後を含めて計48時間分の音声を分析し、2017年に元参加者15人へ半構造化インタビューを行った。ジンバルドーが公刊してきた説明と、アーカイブに残る記録とを、項目ごとに突き合わせたのである。

食い違いは実験の初日から始まっていた。実験前日にあたる1971年8月14日の看守オリエンテーションは録音と映像が残っており、そこでジンバルドーは看守たちにこう告げている。「我々は退屈を作り出せる。フラストレーションを、そしてある程度は恐怖を作り出せる。(中略)彼らにはプライバシーも、行動の自由もない。我々が状況の全権を握る。彼らには何もない」。看守が「作り出すべき心理状態」の一覧は、黒板に書き出されていた。退屈、フラストレーション、恐怖、恣意性、プライバシーの剥奪、個性の剥奪、無力感。実験で「観察された」とされる囚人の状態は、開始前に目標として提示されていた。

指導は開始後も続いた。3日目、消極的な看守役に対して、看守長役のスタッフが説得する録音が残っている。「看守は全員が、我々の言う『タフな看守』になると知ってもらう必要がある」「この研究から何が出てくるかは、看守の振る舞いに大きくかかっている」「刑務所改革につながる真剣な提言をしたい。だからタフな看守を演じてほしい」。この看守長は実験後の文書で、「私はタフな看守の行動を引き出す役割を与えられていた」と自ら書き残している。

さらに、看守役は自分たちが観察対象の被験者だと知らされていなかった。研究チームは看守を「観察の担い手」と位置づけ、毎日報告書を書かせていた。ある看守は1年後のインタビューで「実験は囚人についてのものだと思っていた。自分たちも被験者だとは、終わるまで知らなかった」と語っている。実験対象だと知らされないまま実験者側の一員として扱われれば、スタッフの期待に応えようとするのは自然な反応である。

ジャーナリストのBlumが2018年にこれらの録音の一部を記事で公開した後、ジンバルドーは公式サイトで反論を発表した。そこでは「研究チームは全看守に、積極的に関与し囚人をしっかり管理するよう求めた」ことを認めつつ、「どう振る舞えば効果的な看守になれるか、形式立った詳細な指示は与えていない」と主張した。「タフな看守」の録音は、この後段の主張と正面からぶつかったまま残っている。

「自然に生まれた」とされた細部の出どころ

アーカイブは、実験の細部が「その場で自然発生した」という説明も崩した。

まず、実験の設計自体に前身があった。実験の3カ月前の1971年5月、ジンバルドーの授業を受けていた学生グループが、学生寮で週末だけの模擬刑務所実験を自主的に行っていた。囚人を番号で呼ぶ、点呼を繰り返す、腕立て伏せを罰に使うといった手法はここで試されており、スタンフォード監獄実験の規則17項目のうち11項目は、この学生実験からそのまま引き継がれたものだった。この学生実験を主導した学部生が、本番では看守長役を務めている。「看守が自分たちで規則を作り上げた」という公式の説明と、記録は一致しない。

囚人側の象徴的な場面も揺らいだ。実験2日目に錯乱状態になり釈放された囚人番号8612の「精神的崩壊」は、状況の力を示す代表例として語られてきた。だが実験中止当日の録音で、本人は経緯をこう説明している。退出を求めたが認められず、「出るには、おかしくなったふりをするしかないと考えて、いくつか計画を立てた」。1972年の面談でも、1980年代のドキュメンタリー撮影時のインタビュー(本編では未使用)でも、本人は同じ説明を繰り返している。ジンバルドーは2018年の反論で「彼の話は47年間で何度も変わった」と退けたが、Le Texierが確認した複数時点の記録では、本人の説明はむしろ一貫していた。

そもそも囚人役は、公式の説明に反して自由に退出できなかった。1971年7月31日にスタンフォード大学の倫理委員会へ提出された実験計画書には、「囚人は、緊急の場合を除いて退出できないと信じ込まされる」「囚人役の辞退は思いとどまらせる」と明記されている。報酬の支払いは実験終了後で、途中で抜ければ日当を失いかねない状況だった。参加者の多くが、動機は報酬だったと後の取材で語っている。

没入の程度も、語られてきた姿とは違った。実験後の調査で「役割に完全に入り込めたときがあった」と答えた看守はごく一部にとどまり、最も残虐な看守として有名になった「ジョン・ウェイン」というあだ名の看守役は、演劇専攻の学生だった。彼は実験直後の聞き取りで「最初から最後まで、自分は演技をしていた。誇張して演じていた」と述べている。囚人役についても、Le Texierの集計では、途中交代を含む11人のうち明確な精神的不調の兆候を示したのは2人で、「囚人の半数が精神的に耐えられず早期釈放された」という後年の説明とは開きがある。

30年後の再現、BBC監獄実験

指導があったなら、指導なしでは何が起きるのか。この問いに最も近い答えを出したのが、2002年に英国で行われたBBC監獄実験である。社会心理学者のReicherとHaslamが英国放送協会(BBC)と組み、300人超の応募者から心理的な問題や暴力歴のない男性15人を選抜して、模擬刑務所で8日間の実験を行った(Reicher & Haslam, 2006, British Journal of Social Psychology)。スタンフォードとの決定的な違いは、研究者が所長役を演じず、看守への指導もしなかったことである。

結果は原実験の再現にならなかった。看守役は自分たちの役割に同一化できず、権限の行使をためらい、団結した囚人集団に主導権を奪われた。囚人の反乱後、参加者たちは全員平等の自治体制を試みたが、これも内部対立で行き詰まり、一部の参加者が強権的な新体制を提案し始めた時点で、参加者のストレス兆候を踏まえた倫理委員会の助言により実験は打ち切られた。ReicherとHaslamの結論はこうである。「人は、与えられた役割を、スタンフォード監獄実験の説明に使われるような形で自動的に引き受けるわけではない」。

ただし、この実験を「役割には力がない」と読むのは行き過ぎである。ReicherとHaslamが示したのは、人が役割を引き受けるかどうかは、その集団に自分を重ねるかどうか(社会的アイデンティティの成立)に懸かっており、それは集団間の移動可能性や状況の見通しに左右される、という条件付きの結論だった。囚人役が団結したのも、強権的な体制の提案者が現れたのも、この条件の変化として説明されている。役割は自動では作動しない。だが、条件が揃えば集団は強い力を持つ。

疑いは1970年代から積み上がっていた

2019年の「発覚」は、実は突然ではない。方法論への疑義は、ほぼ同時代から論文の形で積み上がっていた。

心理学者のエーリッヒ・フロムは1973年の著書で、公表データだけを根拠に逆の読みを示していた。看守役の3分の2はサディスティックな行為をしておらず、これはむしろ「状況を整えるだけでは人を簡単にサディストに変えられない」ことを示している、という指摘である。

BanuaziziとMovahedi(1975)は、実験の手続きの説明だけを大学生150人に読ませて、何が起きると思うかを尋ねた。81%が実験の仮説(看守は攻撃的になり、囚人は反抗するか屈従する)を言い当て、90%が看守は「抑圧的で敵対的、攻撃的で屈辱を与える」ようになると予測した。実験に参加せず、紙の説明を読んだだけの学生が、結末をほぼ正確に予測できたのである。これは、参加者が実験者の期待を察知してそれに沿って振る舞う「要求特性」が働いていた可能性を強く示す。

実験手続きの説明だけを読んだ大学生150人のうち、81%が実験の仮説を言い当て、90%が看守役は敵対的で攻撃的になると予測した(Banuazizi & Movahedi, 1975)

制度設計の影響を直接調べた研究もある。オーストラリアのLovibondらは1979年、男性志願者60人を使って、模擬刑務所の管理方式を3通りに変える実験を行った。既存の中重度警備刑務所を模した標準的な管理方式では看守と囚人のあいだに強い敵意が生じたが、囚人の個別性や自尊心を認める方式、囚人の参加を促す方式では、関係はおおむね穏やかだった。同じ「看守と囚人」でも、運用の設計次第で結果はまるで違う。役割そのものより、役割に何をさせるかの指定が効いていたことになる。

参加者の側にも偏りがあった可能性が示されている。CarnahanとMcFarland(2007)は、原実験とほぼ同文の「刑務所生活の心理学研究」への参加者募集広告と、そこから刑務所という言葉だけを除いた広告を出し分けて、応募者の性格を比較した。刑務所版への応募者は、攻撃性、権威主義傾向、マキャベリズム(目的のために他者を操作することをいとわない傾向)、自己愛傾向、社会的支配志向が有意に高く、共感性と利他性が低かった。「無作為に選ばれた普通の人」という前提自体が、募集の段階から崩れていた可能性がある。

それでも、教科書は変わらなかった。Griggs(2014)が米国の心理学入門の教科書13冊を調べたところ、11冊がこの実験を扱っていたが、こうした批判に言及していたのは6冊にとどまった。批判は専門誌の中に積もり、物語だけが流通し続けた。Le Texierの仕事が2019年に衝撃をもって受け止められたのは、批判が新しかったからではなく、それまで反論の余地を残していた論点に、録音という動かない証拠が付いたからである。

それでも実験が残したもの

では、この実験から学べることは何も残らないのか。そうとも言い切れない。

Le Texierと同じ2019年、同じAmerican Psychologist誌でHaslam、Reicher、Van Bavelは、看守オリエンテーションの録音などを材料に、実験の読み替えを提案している(Haslam, Reicher & Van Bavel, 2019)。彼らの解釈では、看守の攻撃性は役割の自動作用ではなく、リーダーが「科学の進歩」「刑務所改革」という大義を示し、参加者がその大義への貢献として加害に積極的に加担した結果である。実際、看守長の説得の録音は「刑務所改革につながる提言のために」という大義を軸にしていた。人は役割を与えられただけでは残虐にならない。だが、信じるに足る大義と、それを体現するリーダーの働きかけがあれば、加害に加担しうる。これは原実験の主張より狭いが、その分、記録と整合する結論である。

一方で、この実験を今後データとして使うことには、Le Texierが示した別の制約が重くのしかかる。記録の網羅性である。オリエンテーションを含む約150時間の実験のうち、録音されていたのは音声約15時間、撮影されていたのは映像約6時間、あわせても全体の15%に満たない。3日目に至っては、スタッフが襲撃の噂への対応に追われ、データがまったく収集されていない。しかも共同研究者自身が内部報告書で、撮影は点呼や神父の面会のような「劇的で目を引く場面」を優先しており、「映像サンプルは最初から著しく偏っていた」と警告していた。

約150時間のスタンフォード監獄実験のうち、実験中の記録は音声約15時間と映像約6時間で全体の15%未満だった(Le Texier, 2019)

つまり、この実験を「役割が人を怪物にする証拠」として引用することは、もうできない。残るのは、権威が目標を明示し、参加者がその期待を察して応じるとき、普通の人が加害的な運用に加担しうるという、より条件の多い教訓である。そしてその条件の多さこそ、BBC実験と読み替え研究が指し示したものだった。

残っていた録音と、語り直された物語

半世紀のあいだ、実験の「正史」は主にジンバルドーの講演、著書、ドキュメンタリーを通じて流通してきた。語りは繰り返されるたびに整い、劇的になり、細部の出どころ(学生実験からの借用、オリエンテーションでの指示、退出の拒否)は語りから抜け落ちていった。それを覆したのは、新しい理論でも決定的な内部告発でもなく、書庫に残っていた録音テープと手書きのメモである。

囚人番号8612をめぐるやりとりは、この構造の縮図といえる。ジンバルドーは2018年、「彼の話は47年間で何度も変わった」と批判者に反論した。しかし決着をつけたのは、どちらの現在の語りでもなく、1971年に録音された本人の言葉だった。回想は語るたびに本人の物語に沿って整形されていく。その場の記録だけは、書き換わらない。

これは科学史だけの話ではない。打ち合わせでの合意、口頭で決まった仕様、電話での約束。時間が経つほど、関係者の記憶はそれぞれの物語に向かって静かにずれていく。あとから争いを終わらせられるのは、当時のままの記録である。メモリスのようなAIボイスメモを使えば、会議や打ち合わせをスマホで録音してアプリに渡すだけで、録音後にAIが処理し、数分で文字起こしと要約が残る。半世紀後に書庫を開く研究者のような執念がなくても、「編集されていない記録」は、いまは誰でも手元に置ける。

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